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   <title> 陸軍の解体</title>
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   <published>2009-12-10T16:48:19Z</published>
   <updated>2009-12-10T16:48:55Z</updated>
   
   <summary>太平洋戦争（大東亜戦争）では歩兵部隊を主力に、戦車部隊や航空隊を南方に派遣したが...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://gusto.nijtnh.org/">
      <![CDATA[太平洋戦争（大東亜戦争）では歩兵部隊を主力に、戦車部隊や航空隊を南方に派遣したが、多くを失った。ポツダム宣言受諾後、戦闘行動を停止した各地の陸軍部隊は、それぞれその地区を管轄する連合国軍に降伏し、その管理下で復員業務に従事することとなった。
そして、陸軍省も第一復員省、復員庁に改組され、その後陸海軍の残務処理は厚生省、後に厚生労働省が担当することとなった。なお、陸地測量部は内務省地理調査所を経て国土地理院として、また陸軍病院については、軍医とともに国立病院（現・国立病院機構）へと移管され、国営医療機関として現在まで続いている。

海軍は、掃海業務を担当する航路啓開隊として一部が存続されたのに対して、陸軍は徹底的な解体が行われ、近衛師団も復員後に禁衛府皇宮衛士総隊として存続が図られるが、すぐに解体されてしまった。
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明治11年（1878年）8月に、精鋭である筈の近衛砲兵が反乱を起こすという竹橋事件が起こり、政府に衝撃を与えた。また、自由民権運動の影響を陸軍が受けることを防ぐために、軍人勅諭が出された。ここでは「忠節・礼儀・武勇・信義・質素」の徳目を掲げると共に、その中で政治不干渉を求めていた。

しかしながら、陸軍軍人の中核を占める陸軍士官は、陸軍省職員として官僚機構の側面も有しており、古くは薩摩藩・長州藩等出身の将校らとその他の藩又は幕府出身の将校らとの対立があったとされる。また、陸軍士官学校・陸軍大学校という近代的士官教育制度確立後は、兵科間であるとか、陸軍大学校を経たエリートたる中央幕僚（陸軍大学校卒業徽章が天保通宝に似ていることから天保銭組と俗称された）と隊付将校（無天組）との間であるとか、派閥間の思想又は人事上の対立（皇道派・統制派の対立）など、無数の内部的な抗争を生みやすい状況であった。]]>
      
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   <title>もち米</title>
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   <published>2009-11-30T06:16:41Z</published>
   <updated>2009-11-30T06:17:49Z</updated>
   
   <summary>もち米（-こめ、-まい・糯米　糯とも言う。近年は餅米との表記も）とは、粘り気の多...</summary>
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      <name>願い星</name>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://gusto.nijtnh.org/">
      <![CDATA[もち米（-こめ、-まい・糯米　糯とも言う。近年は餅米との表記も）とは、粘り気の多いコメの一種類である。
主に日本、朝鮮半島、中国、フィリピン、タイ王国、ラオス、インドネシア、インド、ベトナム、ミャンマーなどで栽培されている。タイのイーサーン地方やラオスでは主食とされ、ラオスではコメの生産量割合の85％を占める。照葉樹林文化に属する地域では、しばしばハレの食材としての役割を持つ。
日本においてのコメの生産量割合では全体の3％～5％程度となっている。また、その中でも主食として用いられるうるち米と比べて陸稲が占める割合が大きい。

うるち米は主要部位の胚乳が淡い半透明であるが、もち米の胚乳は白く不透明である。東南アジアではインディカ種（長粒種）のもち米が多く栽培され、果皮の黒い黒米のもち米もある。
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栄養となる澱粉の成分でもうるち米にはアミロペクチンの他にアミロースという成分が2割ほど含まれているが、もち米では、ほとんどがアミロペクチンのみとなっており、このアミロペクチンがもちの粘り成分であるため、もち米は蒸してつくと強く粘るのである。ただし栄養学的には「うるち米」との差はほとんどない。

なお、うるち米でも、炊いた米をお湯に漬けてアミロースを抜き、再び蒸してつくと「たがねもち」という餅にすることが出来る。
もち米は赤飯、おこわ、中華風のちまきに用いたり、搗き餅や練り餅にするだけでなく、粉砕して白玉粉や道明寺粉などに加工した上で、あられや団子などの菓子原料に使用する。]]>
      
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   <title>特殊な製法のワイン</title>
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   <published>2009-11-25T17:36:17Z</published>
   <updated>2009-11-25T17:37:11Z</updated>
   
   <summary>発泡ワイン  発泡ワインは、瓶内二次発酵などの製法により製造される発泡性のワイン...</summary>
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      <name>願い星</name>
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   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://gusto.nijtnh.org/">
      <![CDATA[発泡ワイン 
発泡ワインは、瓶内二次発酵などの製法により製造される発泡性のワインである。フランスのシャンパン、スペインのカバ、ドイツのゼクト、イタリアのスプマンテ等がある。 
酒精強化ワイン 
酒精強化ワインは、発酵の途中でブランデーなどブドウを原料としたアルコールを添加して発酵を止めたもので、糖分の多く残ったワインができあがる。スペインのシェリー、ポルトガルのポートワイン・マデイラが代表的で、これらは三大強化ワインと呼ばれることもある。酒税法では甘味果実酒にあたる。 
貴腐ワイン 
貴腐ワインは、ボトリティス・シネレアという貴腐菌がついた葡萄から作ったワインのことを指す。貴腐菌により果皮に無数の穴が開き、そこから余分な水分が蒸発して糖度が上がり、非常に甘いワインとなる。また菌による代謝を受けるため組成成分が変化し、貴腐香と呼ばれる独特の香りを持つ。食後酒・デザートワインとして珍重される。フランスのソーテルヌやハンガリーのトカイがとくに有名であり、オーストリアの「ノイジードラーゼー」やドイツの「ベーレンアウスレーゼ」や「トロッケンベーレンアウスレーゼ」も貴腐ワインとなる。 
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アイスワイン 
アイスワインは、天然状態で凍ったブドウから生産されるワインである。水分は凍るが糖やその他の固体成分は凍らないため果汁が濃縮され、非常に甘いワインとなる。天然に濃縮された果汁を発酵させる点は貴腐ワインと同じだが、アイスワインはボトリティス・シネレアの影響は受けていないため貴腐香は持たない。 
アイスワインの誕生はドイツのフランケン地方であった。ブドウ畑が予想していない寒波におそわれてしまいブドウが凍ってしまった。諦めきれなかった農民たちは、凍ってしまったブドウでワインを造ったところ、とても糖度が高く美味しいワインとなっていた。この偶然からアイスワインが作られるようになった。]]>
      
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   <title>養蚕業</title>
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   <published>2009-11-12T16:14:14Z</published>
   <updated>2009-11-12T16:15:44Z</updated>
   
   <summary>養蚕業（ようさんぎょう）はカイコ（蚕）を飼ってその繭から生糸（絹）を作る産業。 ...</summary>
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      <name>願い星</name>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://gusto.nijtnh.org/">
      <![CDATA[養蚕業（ようさんぎょう）はカイコ（蚕）を飼ってその繭から生糸（絹）を作る産業。

養蚕業の歴史は古く、中国から他国に伝わったとされる。日本では弥生時代に中国大陸から伝わったとされる。

養蚕業は蚕を飼うためクワ（桑）を栽培し繭を生産する。繭を絹にするために製糸工場で繭から生糸へと加工され、生糸をさらに加工して絹織物などの繊維になる。現在日本では蚕を使ったタンパク質の生産の研究が主になっているが、培養細胞によるタンパク質の生産効率の高まりとともに、蚕を用いる優位性は下がってきている。
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養蚕業（ようさんぎょう）はカイコ（蚕）を飼ってその繭から生糸（絹）を作る産業。

養蚕業の歴史は古く、中国から他国に伝わったとされる。日本では弥生時代に中国大陸から伝わったとされる。

養蚕業は蚕を飼うためクワ（桑）を栽培し繭を生産する。繭を絹にするために製糸工場で繭から生糸へと加工され、生糸をさらに加工して絹織物などの繊維になる。現在日本では蚕を使ったタンパク質の生産の研究が主になっているが、培養細胞によるタンパク質の生産効率の高まりとともに、蚕を用いる優位性は下がってきている。

18世紀後半、日本の主要な蚕種産地は陸奥国信達地方（信夫郡と伊達郡）と上野国長沢と下総国結城だったが、当時年間25万枚生産されていたという種紙（蚕の卵を付ける紙）のうち、18万枚は信達地方の生産だった。]]>
      
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   <title>扇風機</title>
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   <published>2009-10-30T18:15:57Z</published>
   <updated>2009-10-30T18:17:03Z</updated>
   
   <summary>扇風機（せんぷうき）は、回転する羽根によって風を発生させる冷房用機器。一般に扇風...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://gusto.nijtnh.org/">
      <![CDATA[扇風機（せんぷうき）は、回転する羽根によって風を発生させる冷房用機器。一般に扇風機といった場合には、電気扇風機を指す。

電気扇風機（でんきせんぷうき）は、主に夏の暑い日に使用される電気製品である。モーターにプロペラファンを連結し、モーターによってファンを回転させ、風を発生させる。

世界初の電気扇風機は19世紀後半、モーターの発明とほぼ時を同じくして米国で発売開始された。直流に執着し、直流による発送電を行っていたトーマス・エジソンは直流モーターの扇風機を発売するが、交流発送電が主流になるにつれて、主流は交流式となった。
<a href='http://abcxzz.mfsjtr.org/'>一輝は一期一会</a>
<a href='http://rjeuz.jfsmwe.com/'>黄昏ネット同盟</a>
<a href='http://wewxt.ispgrd.com/'>花かげ</a>
<a href='http://keanr.sendentai.com/'>学園忍者</a>
<a href='http://fwmmd.cmdegozaru.com/'>鬼の約束</a>
<a href='http://seo.linknomori.com/'>金魚花火</a>
<a href='http://rfxa.kaimonode.com/'>幻のオムライス</a>
<a href='http://tzgbn.kazugasuki.com/'>今日も下駄がなる</a>
<a href='http://nwzyy.kappa305.com/'>子育て母さんのきららチャンの奮闘記</a>
<a href='http://karizn.club73.com/'>秋葉原でお買い物</a>
<a href='http://www.ihqbac.net/'>がんばるライフ情報サイト</a>
<a href='http://www.gkhqdd.com/'>プラス快適な暮らし情報ネット</a>
<a href='http://www.bzckwc.biz/'>気合だー暮らし上手情報</a>
<a href='http://www.ggbchr.biz/'>新生活応援情報検索エンジン</a>
<a href='http://www.ybmbul.info/'>素敵なライフサーチ</a>
<a href='http://www.gufuww.org/'>便利に生活情報ナビ</a>
<a href='http://www.akdobq.org/'>デラックススタイル情報サーチ</a>
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<a href='http://zdhe.dgepni.com/'>アポロ一号</a>
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日本ではゼネラル・エレクトリック (GE) の技術で東芝の前身である芝浦製作所が1894年（明治27年）に発売したものが最初である。本体に電球を備え付け、スイッチを入れるとプロペラが回るとともに電球が点灯するものであった。また川崎重工業の前身である川崎造船所は、左右だけで無く上下の首振りも同時にする、2軸リンクの扇風機を発売した。
扇風機は家屋や店、鉄道車両の室内などで広く利用され、夏の風物詩の一つでもあった。
]]>
      
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   <title>現代の箏は伝統的な流派の伝承はもちろん</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://gusto.nijtnh.org/2009/10/post_72.html" />
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   <published>2009-10-20T06:23:00Z</published>
   <updated>2009-10-20T06:24:26Z</updated>
   
   <summary>現代の箏は伝統的な流派の伝承（草の根の稽古も含む）はもちろん、クラシック音楽との...</summary>
   <author>
      <name>願い星</name>
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   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://gusto.nijtnh.org/">
      <![CDATA[現代の箏は伝統的な流派の伝承（草の根の稽古も含む）はもちろん、クラシック音楽との交流も行われている。具体的には1964年ごろより洋楽系の現代音楽の作曲家の間での「邦楽器ブーム」により、洋楽系現代音楽の中に箏を含む邦楽器が広く用いられるようになった。これらの多くは邦楽本来の楽器および演奏法の特色の長所をなるべく活かす形で使われており、このブーム以前の洋楽における邦楽器の使われ方として多かった「別に箏でなくてもピアノやハープでも代用できる洋楽流の書法」とは一線を画する。それに先立って1957年に結成された邦楽四人の会、邦楽器ブーム初期の1964年より活動を続けている日本音楽集団の活動も、洋楽系現代音楽における重要な邦楽活動として挙げられる。ただし大正・昭和初期の新日本音楽における邦楽界の洋楽受容が、和声的な書法で作曲しやすい箏を中心としたのに対し、1960年代の洋楽系現代音楽界の邦楽受容においては箏は必ずしも主役ではなく、むしろノイズ的書法で作曲しやすい尺八が中心となった。
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主に生田流（いくたりゅう）と山田流（やまだりゅう）がある。外見上の目立った違いは爪の形および楽器を構える姿勢であり、生田流は角爪を用い、この角を有効に使うため楽器に対し左斜め約45度に構える。山田流は丸爪を用い正面に構える。

レパートリーについては、双方の流派が双方のレパートリーを広く扱うため、あまり差異は無い。相対的な比較としては山田流が生田流よりも「歌もの」を多く扱い、生田流は独奏曲において技巧が発達している。]]>
      
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   <title>バーチャル顕微鏡（バーチャルけんびきょう)</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://gusto.nijtnh.org/2009/06/post_70.html" />
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   <published>2009-06-20T23:15:16Z</published>
   <updated>2009-06-20T23:16:39Z</updated>
   
   <summary>バーチャル顕微鏡（バーチャルけんびきょう、バーチャルマイクロスコピー、ヴァーチャ...</summary>
   <author>
      <name>願い星</name>
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   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://gusto.nijtnh.org/">
      <![CDATA[バーチャル顕微鏡（バーチャルけんびきょう、バーチャルマイクロスコピー、ヴァーチャル顕微鏡、Virtual microscope、バーチャルスライド）はバーチャルマイクロスコープともいい、光学顕微鏡像をデジタル化し、ディスプレイ上で顕微鏡観察できるものをいう。訳すと仮想顕微鏡である。主に生物顕微鏡の分野で用いられている用語。

現在（2007年10月）、日本で購入できるバーチャル顕微鏡はデジタル顕微鏡、遠隔顕微鏡とスライドガラスデジタル化装置の3種である。欧米に比べ日本での導入実績が遅れているといわれていたが、がん対策における先端技術として注目されはじめている。バーチャル顕微鏡は光学系技術、画像処理技術、メカトロ技術、通信技術など日本が得意とする技術の集合体であり、国際競争力を持たせたい産業領域ともいえよう。

 デジタル顕微鏡 [編集]
デジタル顕微鏡は標本をデジタルカメラを介してディスプレイで観察できるようにした光学顕微鏡のこと。従来の顕微鏡には必須であった接眼部を省略したものも販売されており、ライカ(Leica)マイクロシステムズのDMD108はその代表である。
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 遠隔顕微鏡 [編集]
遠隔顕微鏡は従来の光学顕微鏡にデジタルカメラと電動ステージを追加し、遠隔操作で顕微鏡観察をできるようにしたもの。代表的な機器はNikonのCOOLSCOPEである。COOLSCOPEは箱型で肉眼で観察するための接眼部は省略されておりディスプレイ、またはウェブブラウザを用いて顕微鏡像を観察する。インターネットを介して利用することができる。1台200万円以下である。日本では200台以上が出荷されており、医学領域では術中迅速診断や病理学的診断補助のために利用されている。

 スライドガラスデジタル化装置（バーチャルスライド） [編集]
スライドガラスデジタル化装置は標本が乗っているスライドガラス（プレパラートともいう）の標本全体を撮影しデジタル画像にする装置のこと(whole slide imaging)。日本ではバーチャルスライド作製装置と呼ばれている。画像全体がデジタル化され画像データはメディア（ハードディスクやDVD等）に蓄積される。パソコン等のビューアソフトで観察する。ビューアソフトは倍率変換や観察部位移動などの機能を有しておりパソコンのディスプレイで顕微鏡像として観察することができる。装置の多くはインターネットを介して顕微鏡像を観察することができる。日本国内では株式会社クラーロ（当時は株式会社ダイレクトコミュニケーションズ）が2003年に自動化装置を開発し、市場投入したのが最初である。

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   <title>日本刀（にほんとう）は、日本固有の製造法</title>
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   <published>2009-06-02T01:31:58Z</published>
   <updated>2009-06-02T01:36:43Z</updated>
   
   <summary>日本刀（にほんとう）は、日本固有の製造法によって作られた刀剣類の総称。刀剣類は、...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://gusto.nijtnh.org/">
      <![CDATA[日本刀（にほんとう）は、日本固有の製造法によって作られた刀剣類の総称。刀剣類は、日本では古墳時代から作られていたが、一般に日本刀と呼ばれるものは、平安時代末期に出現してそれ以降主流となった湾曲した刀のことを差す。寸法により刀（太刀・打刀）、脇差（脇指）、短刀に分類される。広義には、長巻、薙刀、剣、槍なども入る。

刀を作る職の者を「刀工」、「刀匠」、「刀鍛冶」という。

古来から武器としての役割と同時に美しい姿が象徴的な意味を持ち、美術品としても評価の高い物が多い。古くから続く血統では権威の証として尊ばれていた。また武家政権を背景に「武士の魂」として精神文化の支柱として機能した。

その特徴は、"折り返し鍛錬法"で鍛え上げられた鋼を素材とする点と、刀身となかご（茎、中心）が一体となった構造である。茎には刀身を目釘で柄に固定する目的の孔（目釘孔）が設けられている（稀に奉納用の刀などで目釘孔がないものもある）。また、日本刀は諸外国の刀剣類と異なり、外装品（拵え）とは別に刀身自体が美術的価値を発揮していることを以って最大の特徴である、と言える。

美術的価値のみならず、実用的な武器として長い歴史の中で主力・補助的武器として活躍・改良され、斬ってよし・突いてよしの日本刀は、刀剣類の中では最強・最高峰の呼び声も高い。


 “日本刀”という呼称 [編集]
「日本刀」は元来、海外からみた場合の呼称である。古来の日本では「刀（かたな）」、もしくは「剣（つるぎ）」と呼び、「日本刀」という呼称を使っていない。
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「日本刀」という呼称は、北宋の詩人である欧陽修（おうようしゅう）の「日本刀歌」に見られる。この詩の中で、越（華南）の商人が当時既に宝刀と呼ばれていた日本刀を日本まで買い付けに行くことやその外装や容貌などの美術的観点が歌われている。「日本刀歌」の本題は日本刀ではなく、中国では既に散逸してしまった書物が日本には存在しているということを嘆いた詩ではあるが、日本刀の美しさが、平安時代後期 - 鎌倉時代初期に既に海外の好事家などにも認められており、輸出品の一つとされていたことを示している。

「日本刀」という名称が、日本人にとっての一般的名称として広まったのは幕末以降のことである。その理由として、幕末以降、西欧に流出して評価が高まった日本の絵画が従来の西洋の絵画と区別して「日本画」と呼称されるようになった事に対応して、西洋の刀剣に対して日本刀という呼び方が定着した。それ以前は「打刀」（うちがたな）或いは「太刀」という呼称が一般的であった。日本刀という呼称がナショナリズムと結び付いて語られるようになったのは主に昭和に入ってからの事であり、明治時代には刀など前時代の遺物でしかなく、満州事変の頃までは軍刀としてサーベル様式の刀剣が採用されていた。

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   <title>5世紀中頃からはその支配下</title>
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   <published>2009-04-30T00:52:05Z</published>
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      <![CDATA[長らく高句麗に従属していたが、5世紀中頃からはその支配下から脱却しようとして高句麗とも争うようになった。一方で辰韓諸国に対する支配力も高め、伽耶諸国の領有をめぐって百済とも対抗する姿勢を明らかにし、三国が相競う様相を示した。6世紀になると智証麻立干・法興王らが国制の整備によって国力を高め、6世紀中頃には真興王による急激な領域拡大が可能となった。高句麗を攻撃し北に領土を広げ、百済・日本の連合軍を退け、562年には伽耶（大伽耶）を滅ぼして吸収し、文字通りの三国時代となった。中国に対しては564年に北斉に朝貢して翌年に冊封を受け、その一方で568年に南朝の陳にも朝貢した。このように中国大陸の南北王朝との関係を深めたことは、半島北部の高句麗に大きな脅威を与えた。隋、唐に対しても建国後まもなく使者を派遣して冊封を受けた。

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唐の中国統一の後に危機感を募らせた高句麗は淵蓋蘇文が実権を握って緊急軍事態勢を敷き、新羅と激しく対立するようになっていた百済の義慈王と連携したため、新羅は国際的に孤立することとなった。新羅は643年に善徳女王が唐に救援を求めたが、このときに唐からの救援は得られず、逆に女王を退けて唐の皇族を新羅王に据えることを求めてきた。このことが契機となって、新羅国内では親唐派と反唐派の対立を生じ、上大等の毗曇が女王の廃位を求めて反乱を起こした。乱を治めた金春秋（後の武烈王）と金庾信とは真徳女王を立てて親唐路線を継承していった。金春秋は中国の律令制度を取り入れる改革を始め、650年にはそれまで新羅独自で用いていた年号（太和）を廃止し、唐の年号を用いるなどして、唐との連携を強めていった。

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   <title>マリー・ジョゼフィーヌ・ド・サヴォワ</title>
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   <published>2009-04-15T00:37:56Z</published>
   <updated>2009-04-15T00:39:15Z</updated>
   
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://gusto.nijtnh.org/">
      <![CDATA[マリー・ジョゼフィーヌ・ルイーズ・ド・サヴォワ（Marie Joséphine Louise de Savoie, 1753年9月2日 - 1810年11月13日）は、フランス王ルイ18世の妃。イタリア語名マリーア・ジュゼッピーナ・ルイーザ・ディ・サヴォイア（Maria Giuseppina Luisa di Savoia）。

サルデーニャ王ヴィットーリオ・アメデーオ3世と王妃マリーア・アントーニア（スペイン王フェリペ5世とエリザベッタ・ファルネーゼの娘）の次女として、トリノで生まれた。妹マリーア・テレーザは、ルイ18世の弟プロヴァンス伯シャルル（のちのシャルル10世）の妃となった。

1771年4月、プロヴァンス伯ルイ・スタニスラスと結婚。フランス革命のため、夫妻は1791年にイギリスへ亡命した。性的に無気力だったという夫との間には、子供はできなかった。ルイ・スタニスラスの兄ルイ16世とマリー・アントワネットの次男ルイ17世が1795年にタンプル塔で獄死したことが判明すると、亡命フランス王家はルイ18世の即位を宣言し、マリー・ジョゼフィーヌは王妃となった。

1810年11月、マリー・ジョゼフィーヌは亡命先のハートウェル・ハウスで死去。遺体は、サルデーニャの首都カリャリのカリャリ大聖堂に葬られた。弟のサルデーニャ王カルロ・フェリーチェは、姉の墓碑に『ゴール人の王妃』（Galliarum Regina ― ガリア人＝フランス人の王妃の意）と刻ませた。

<a href="http://bsbnb.epue9m.com/">ハンド</a> <a href="http://frhaf.trn7dm.info/">パーム</a> <a href="http://yicy.2mptzm.biz/">ドシア</a> <a href="http://www.wht27w.biz/">バンス</a> <a href="http://srsir.pdhjpf.net/">ソルト</a> <a href="http://nfthe.yfwaas.com/">オース</a> <a href="http://bmcc.2dbwrj.org/">サイバ</a> <a href="http://fgi.djxegn.info/">レスト</a> <a href="http://nwnw.38kz36.info/">ソナー</a> <a href="http://wsrsa.86i2ai.biz/">プラハ</a> <a href="http://ebtda.ypkz7s.net/">デイする</a> <a href="http://xwssc.cdrerm.com/">未来の喜び</a> <a href="http://edmxk.unm69c.com/">足跡</a> <a href="http://kjkfu.fupurr.net/">せきりん</a> <a href="http://bfjzz.36gxrs.org/">シーツ</a> <a href="http://dtnw.inpryt.net/">金乃竹</a> <a href="http://thnxy.hgnbcf.info/">ブルーロー</a> <a href="http://dgugp.7x9wie.net/">ダンエス</a> <a href="http://www.dsg3d2.org/">サイエン</a> <a href="http://dbkdt.pz2zpe.com/">パネル</a> <a href="http://ygwdh.rxiyen.com/">風の華</a> <a href="http://nzwxd.fnbnig.info/">ファイア</a> <a href="http://uyjff.ijtiy8.info/">レーション</a> <a href="http://jcyr.9hus8f.biz/">フレット</a> <a href="http://gmyx.me9fwx.net/">リファレンス</a> <a href="http://ykhb.fnstr9.info/">マルチーズ</a> <a href="http://sjsra.7hr3b5.com/">キールサエ</a> <a href="http://rxats.bm2yt8.com/">ヤグルマ草</a> <a href="http://ggcz.ni96w5.biz/">平核無柿</a> <a href="http://urcz.gnzciw.net/">バイバイ</a> <a href="http://dsede.m64425.info/">オースチン</a> <a href="http://jdgwh.epue9m.com/">はそく</a> <a href="http://metx.rm48wd.info/">トウヒ</a> <a href="http://tupt.tusnjn.net/">ラスト</a> <a href="http://ykbjr.g9e2wa.net/">フレーク</a> <a href="http://cinpp.j9sxk7.net/">ヒストリー</a> <a href="http://kwfkb.kjk7h5.net/">デコル</a> <a href="http://nztki.jkfite.info/">かおう</a> <a href="http://mbkjs.4ps42h.info/">百の城</a> <a href="http://yndh.h6ib4u.com/">イヤー</a> <a href="http://bfkzp.gcnh7y.net/">ケイブ</a> <a href="http://fmxr.rjrfir.biz/">ならたけ</a> <a href="http://hybu.k8wpbj.info/">ワインリス</a> <a href="http://fxbmy.xp44g5.org/">ユーロス</a> <a href="http://wibe.8fprif.biz/">沖の石</a> <a href="http://cbfp.9g4e79.info/">クイック</a> <a href="http://npjcm.ezw26e.com/">たてじま</a> <a href="http://uyitx.56t62h.org/">なみがさね</a> <a href="http://ksuw.c9nuxu.org/">汽車ポッポ</a> <a href="http://pnkwi.hu8ze8.org/">モノローグ</a> 


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   <title>高砂浦五郎 (初代)</title>
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   <published>2009-03-31T02:13:33Z</published>
   <updated>2009-03-31T02:15:27Z</updated>
   
   <summary>高砂 浦五郎（たかさご うらごろう、1838年11月20日 - 1900年4月8...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://gusto.nijtnh.org/">
      <![CDATA[高砂 浦五郎（たかさご うらごろう、1838年11月20日 - 1900年4月8日）は、明治期に活躍した大相撲の力士・年寄。最高位は前頭筆頭。身長170㎝、体重100㎏。出身は上総国山辺郡（現在の千葉県東金市）。本名は山崎（後に一時今井姓）伊之助（後に浦五郎）。現在まで続く高砂部屋の開祖である。

農家の三男で土地相撲で活躍し、1863年（文久3年）8月場所に初土俵を踏んだ。姫路藩のお抱え力士で「高見山大五郎」の名で1869年（明治2年）11月場所に幕内に上がった。しかし明治維新の混乱期で抱えを解かれ、他の力士が他藩に鞍替えする中でこれを糾弾、姫路藩から改めて年75両扶持で抱えられ「高砂浦五郎」の四股名を与えられた。

 「高砂改正組」事件 [編集]
高砂の名を歴史にとどめることとなったのが1873年（明治6年）11月場所で起こした脱退事件、通称「高砂改正組」事件である。

幕下時代だった1868年（慶応4年）、相撲会所を牛耳っていた年寄玉垣・伊勢ノ海らの専横に抗議して、250名もの力士の連判状を組織した。当時は一部の年寄によって巡業や興行の利益が独占され、力士たちには満足な分配がなかったという。この一件は仲介もあり幕下力士以下の待遇改善が約束されたものの、玉垣らはこれを反故にしていた。

高砂は沈黙を守っていたが、1873年に巡業地の岐阜で、かつて同じ姫路藩抱えだった大関綾瀬川らに改革の意思を打ち明け、多くの力士たちの賛同を得て名古屋に陣を構えた。しかし年寄勢説得のために東京に戻った綾瀬川が逆に言いくるめられて寝返り、11月場所の番付で高砂・関脇小柳常吉らの名前が墨で塗りつぶされる事態となった。綾瀬川には以前に姫路藩から他藩に鞍替えしないという誓約を破られたことがあり、再び裏切られた（詳細は綾瀬川山左エ門を参照）。

これを知った高砂は会所からの脱退を決意、数十名の力士を連れて「高砂改正組」を旗揚げした。改正組は名古屋を本拠に京都相撲・大坂相撲とも手を組んで興行を続けた。この間神田にも本拠を構えたが東京府が東京会所のみに興行権を与えるなどして行き詰まりも見せた。1878年（明治11年）、後援者らの仲介もあって調停が成立、対等合併という形で高砂らは会所に戻ることとなった。高砂は検査役（現在の勝負審判）に就いた。

なお2007年（平成19年）11月場所で時津海正博が引退し時津風を襲名したことに伴って西前頭11枚目に位置する予定だった時津海の名が番付から消え空欄となった。上記の高砂らの一件以来134年ぶりのことだった。

 権勢と終焉 [編集]
会所に戻った高砂は徐々に権勢を増していった。1883年（明治16年）には取締の地位に就き、数々の改革を実現した。1889年（明治22年）には会所を「東京大角力協会」と改め（1927年（昭和2年）の東西合併までこの名称）、力士の給金制度や利益の配当方法などを定めた規約を制定した。要求の多くを規約として実現させた高砂は、最高権力者として持ち前の政治力で協会を牛耳っていった。

年寄としても横綱初代西ノ海や小錦、大関大達・一ノ矢・初代朝汐らを育て、高砂部屋は角界の一大勢力にまでなった。

しかし次第に高砂の横暴が目立つようになっていった。1889年にはこれまであった高砂の年寄名跡が高島に改めさせられた（これに伴い高砂の名跡は彼を初代としている）。また1890年（明治23年）には番付外に張り出されるのを嫌った西ノ海の地位が「横綱」として張り出されることになり、これが横綱の地位化の始まりとなったが、これも高砂権勢下の事件といえる。他にも専横を振るう高砂に反発も少なくなかったが高砂は1891年（明治24年）に「永久取締」就任を宣言した。これに初代梅ヶ谷の雷らが猛反発、警視総監の立ち合いで調停され「永久取締」宣言の放棄で収束した。

そして1895年（明治28年）6月場所6日目、西前頭筆頭鳳凰と西ノ海の取組で鳳凰の寄りに西ノ海がうっちゃりを見せたが踵が蛇の目を掃いた。軍配は鳳凰に上がったが物言いがつき、もめているところに高砂が現れ、蛇の目を手で払い西ノ海の足跡を消すと「この土を掘れば俵だ」と言い放った。これに西方力士が反発し事態は混乱、後に勝負預かりとなった。
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これが伏線となり、翌1896年（明治29年）1月、大関大戸平・関脇大砲以下西方力士33人が団結して場所を休場、料亭中村楼に立て籠もった。大戸平らは「不正なる取締の配下にあるを潔しとせず」とする檄文を協会に送った。年寄らは責任を持って改革にあたるとの回答を送り1月場所は興行されたが、回答した年寄らは雷はじめ西方力士派の面々であり、いわば西方力士と年寄一体となった高砂排斥となった。この事件は「中村楼事件」と呼ばれる。これを機に高砂は取締の座を追われて権力を失い、世は2代梅ヶ谷と常陸山が対立する「梅・常陸時代」へと移り変わっていった。

 主な成績 [編集]
幕内成績：40勝17敗4分19休　勝率.701 
幕内在位：9場所（ただし1873年11月は脱退により名前が消される） ]]>
      
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   <title>高山寺</title>
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   <published>2009-03-16T23:43:57Z</published>
   <updated>2009-03-16T23:45:44Z</updated>
   
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      <![CDATA[高山寺（こうざんじ）は、京都市右京区梅ヶ畑栂尾（とがのお）町にある寺院。栂尾は京都市街北西の山中に位置する。高山寺は山号を栂尾山と称し、宗派は真言宗系の単立である。創建は奈良時代と伝えるが、実質的な開基（創立者）は、鎌倉時代の明恵である。「鳥獣人物戯画」をはじめ、絵画、典籍、文書など、多くの文化財を伝える寺院として知られる。境内が国の史跡に指定されており、また古都京都の文化財の一部として世界遺産に登録されている。

高山寺のある栂尾は、紅葉の名所として知られる高雄山神護寺からさらに奥に入った山中に位置し、古代より山岳修行の適地として、小寺院が営まれていたようである。今の高山寺の地には、奈良時代から「度賀尾寺」「都賀尾坊」などと称される寺院があり、宝亀5年（774年）、光仁天皇の勅願で建立されたとの伝えもあるが、当時の実態は明らかでない。平安時代には、近隣の神護寺の別院とされ、神護寺十無尽院（じゅうむじんいん）と称されていた。これは、神護寺本寺から離れた、隠棲修行の場所であったらしい。

高山寺の中興の祖であり、実質的な開基とされるのは、鎌倉時代の華厳宗の僧、明恵（みょうえ）である。明恵房高弁（1173－1232）は承安3年（1173年）、紀伊国有田郡は現在の和歌山県有田川町にあたる場所で生まれた。父は平重国という武士であり、母は紀州の豪族湯浅家の娘であった。幼時に両親を亡くした明恵は、9歳で生家を離れ、母方の叔父に当たる神護寺の僧・上覚（1147－1226）のもとで仏門に入った。

明恵は、法然の唱えた「専修念仏」の思想を痛烈に批判し、華厳宗の復興に努めた。「専修念仏」とは、仏法が衰えた「末法」の時代には、人は菩提心（さとり）によって救われることはなく、念仏以外の方法で極楽往生することはできないという主張であり、これは菩提心や戒律を重視する明恵の思想とは相反するものであった。

明恵は建永元年（1206年）、34歳の時に後鳥羽上皇から栂尾の地を与えられ、また寺名のもとになった「日出先照高山之寺」の額を下賜された。この時が現・高山寺の創立と見なされている。「日出先照高山」（日、出でて、まず高き山を照らす）とは、「華厳経」の中の句で、「朝日が昇って、真っ先に照らされるのは高い山の頂上だ」という意味であり、そのように光り輝く寺院であれとの意が込められていると思われる。

高山寺は中世以降、たびたびの戦乱や火災で焼失し、鎌倉時代の建物は石水院を残すのみとなっている。

1966年、仁和寺当局による双ヶ丘売却に抗議し、真言宗御室派から離脱し、真言宗系単立寺院となった。

建永元年の中興から20数年を経た寛喜2年（1230年）に作成された高山寺境内の絵図（重文、神護寺蔵）が現存しており、当時の様子が具体的にわかる点で貴重である。それによると、当時の高山寺には、大門、金堂、三重塔、阿弥陀堂、羅漢堂、鐘楼、経蔵、鎮守社などがあったことが知られるが、このうち、当時「経蔵」と呼ばれた建物が「石水院」として現存するほかは、ことごとく失われている。石水院から開山堂に至る道の両側に残る石垣は、かつての諸堂や塔頭を偲ばせている。

石水院（国宝）－鎌倉時代の建築。入母屋造、杮（こけら）葺き。後鳥羽上皇の学問所を下賜されたものと伝え、明恵の住房跡とも伝える。外観は住宅風だが、本来は経蔵として造られた建物を改造したものと見られる。もともとは金堂の右後方に残る石段の上に建っていたが、明治22年(1889年)に現在地に移築したものである。

他に、仁和寺から移築した金堂、明恵の肖像彫刻（重文）を安置する開山堂などがあるが、いずれも近世の建築である。

境内には「日本最古」と伝える茶園がある。鎌倉時代初期に臨済宗の開祖栄西が、当時の中国の南宋において種を得て、帰国後に明恵に贈ったものと伝える。明恵はこれを初めは栂尾山に植え、その後宇治その他の土地に広まったという。

数多くの文化財を所蔵するが、建造物を除く指定文化財の大部分は東京および京都の国立博物館に寄託されている。 

 国宝 [編集]
石水院 
紙本墨画鳥獣人物戯画 4巻 － 甲乙丙丁の4巻からなる絵巻。すべて墨画で彩色はない。また、普通の絵巻のように絵と詞（ことば）が交互に現われる形式ではなく、絵のみで構成される。甲巻は兎、蛙、猿などの動物を擬人化したもので、4巻の中でもっともよく知られる。乙巻は写生風の動物絵、丙巻は前半が各種の競技やゲームに興じる人物の戯画で、後半は動物戯画、丁巻は荒々しいタッチの人物戯画である。制作年代は甲・乙巻が平安末期、丙・丁巻は鎌倉時代と推定される。制作事情、主題等については諸説あるが、特に甲巻のユーモラスな動物戯画は秀逸で、現代日本の漫画文化のルーツとも見なされる。現在は甲・丙巻が東京国立博物館、乙・丁巻が京都国立博物館に寄託されているため寺で見られるのは模本である。 
紙本著色華厳宗祖師絵伝 7巻 － 鎌倉時代の作。新羅の華厳宗の祖とされる義湘と元暁の伝記絵巻である。国宝指定時は全6巻であったが、修理後は7巻に調巻されている。 
紙本著色明恵上人像（絵画）－「樹上座禅像」と称される。通例の祖師像と異なり、明恵の姿は山中の自然景の中に小さく表現されている。鎌倉時代の作。 
絹本著色仏眼仏母像（絵画）－ 鎌倉時代初期、12世紀末の作。明恵の念持仏であり、図中には明恵自身による書き込みがある。 
玉篇（ぎょくへん）巻第廿七 － 中国梁代成立の漢字辞書「玉篇」の、唐時代の写本。本書の写本は中国では早くに失われて日本にしか残っていない点で貴重。 
篆隷万象名義（てんれいばんしょうめいぎ）－ 空海の編さんとされる漢字辞書の唯一の古写本として貴重。永久2年（1114年）の写本。 
冥報記（めいほうき） － 唐代成立の仏教説話集の写本で、成立から2世紀ほど後の唐代末期の写本とされる。本書は中国では早くに失われており、現存最古写本として貴重。 

 重要文化財 [編集]
乾漆薬師如来坐像－奈良時代末期の作。元来は薬師三尊像の中尊であった。両脇侍像は明治時代に寺外に流出し、日光菩薩像は東京国立博物館、月光（がっこう）菩薩像は東京藝術大学大学美術館に所蔵されている。 
木造明恵上人坐像－開山堂に安置。鎌倉時代の作。 
木造鹿1対－鎌倉時代。雌雄の鹿を狛犬風に作ったもので、他に例を見ない。鹿は春日明神の使いとされ、高山寺鎮守の春日明神の神前に置かれたものと思われる。 
木造白光神（びゃっこうしん）立像－鎌倉時代初期。白光神は、インドの神とされ、善妙神（中国の神）、春日明神（日本の神）とともに高山寺の鎮守神として祭られた。名前の通り、着衣から台座まで真っ白に塗られているが、これはヒマラヤの雪を象徴するものという。 
木造善妙神立像－鎌倉時代初期。鮮やかな彩色がよく残る。白光神像とともに、仏師湛慶の作と推定されている。 
高山寺典籍文書（もんじょ）類9,293点－高山寺に伝来する平安時代から近世に至る仏典、記録等を一括指定したもの。 
高弁夢記（こうべんゆめのき）17点－「高弁」は明恵のこと。明恵が自分の見た夢を記録した日記であり、夢の中での宗教的経験が彼の思想に大きく影響していることがわかる。建久7年（1196年、23歳）から貞応2年（1223年、51歳）までのものが残っている。 
以下は高山寺所有の重要文化財の一覧である（上に略説したものも重出している）。
<a href="http://ckezb.m9hent.net/">恋人の色</a> <a href="http://ncpax.96w55d.com/">ビーチ</a> <a href="http://ixwi.w34km4.biz/">オーデコ</a> <a href="http://tprnz.f8imup.com/">ダチョウ</a> <a href="http://dtgaj.4pynw5.net/">夢の恋路</a> <a href="http://mkjz.433bgu.com/">ドゥーム</a> <a href="http://ngzmz.sdr3pw.biz/">プライマー</a> <a href="http://tyden.m4mc6a.com/">ばんどう</a> <a href="http://jpems.nun8ge.org/">エブロ</a> <a href="http://www.6xpscp.biz/">黄昏ワル</a> <a href="http://efwyk.h6f2mb.biz/">てっぷ</a> <a href="http://raheg.cwy3xi.com/">フォロ</a> <a href="http://zbpck.6newue.com/">フィラ</a> <a href="http://gebia.bkz5tm.com/">チジン</a> <a href="http://www.kpzsrm.info/">やはぎ</a> <a href="http://mxnt.mwh2mu.org/">ファイ</a> <a href="http://rhga.y267fy.com/">ルソー</a> <a href="http://ssfdd.axfcgu.org/">フレンド</a> <a href="http://nsnj.n5fjrb.biz/">アンラ</a> <a href="http://agpzt.rsiy6r.com/">イーシ</a> <a href="http://cgtde.kcgtrc.net/">フォークタ</a> <a href="http://hrhx.dyd55s.info/">すずりいし</a> <a href="http://nxznp.p5f6gd.net/">らいち</a> <a href="http://747hu.dbgkg.info/">夢待人</a> <a href="http://bkjd.exyu7i.info/">四季彩</a> <a href="http://ykmhy.hieddg.net/">日本の島々</a> <a href="http://cpmxf.fx85d7.biz/">真珠</a> <a href="http://rieaa.9rgudc.info/">デレヨイ</a> <a href="http://midj.6jikmn.biz/">ツーリスト</a> <a href="http://ujat.nuueki.net/">オブソリ</a> <a href="http://www.ckfije.com/">トーキ</a> <a href="http://brgh.4ju7z8.biz/">きがん</a> <a href="http://rsuug.dp557z.com/">サガ</a> <a href="http://fixyf.k9g652.net/">スクアレ</a> <a href="http://xizrh.it6bwi.org/">スイムタル</a> <a href="http://pihz.smlawj.com/">オーバル</a> <a href="http://srayb.et23wn.com/">タージ</a> <a href="http://zeef.gxrref.info/">ヒュッテ</a> <a href="http://zwtsa.at7ene.info/">ミニホ</a> <a href="http://axdds.garyks.org/">ラーキー</a> <a href="http://www.ncwh3n.org/">オービス</a> <a href="http://uguer.trrcbn.org/">スカフェ</a> <a href="http://jgrb.fdpyi6.biz/">タイム</a> <a href="http://www.gd6gdr.info/">イメージ</a> <a href="http://ydaeh.it6bwi.org/">ロボール</a> <a href="http://shbhz.pctyei.net/">愛の</a> <a href="http://wjsdj.ky7ckn.net/">ロンドン</a> <a href="http://fktuj.sn4t2p.net/">スターム</a> <a href="http://npcr.fbkngx.info/">ライブラリー</a> <a href="http://www.7wj8zc.info/">マゼラ</a> 

建造物

宝篋印塔 
如法経塔（石造一重塔） 
絵画

絹本著色華厳海会諸聖衆曼荼羅図 
絹本著色五聖曼荼羅図 
絹本著色熊野曼荼羅図 
絹本著色不空三蔵像 
絹本著色文殊菩薩像 
絹本著色菩薩像（寺伝弥勒菩薩像） 
絹本著色明恵上人像 
紙本淡彩藤原兼経像 
紙本墨画高僧像 
紙本墨画将軍塚絵巻 
紙本墨画達磨宗六祖師像 
彫刻

乾漆薬師如来坐像 
木造狛犬 一対 
木造狛犬 三対 
木造鹿 一対、木造馬 1躯、木造犬 1躯（注:馬」と「犬」は2001年度追加指定）　 
木造善妙神立像 
木造白光神立像 
木造明恵上人坐像（開山堂安置） 
工芸品

阿字螺鈿蒔絵月輪形厨子 弥勒菩薩像納置　 
黒漆机 
木製彩絵転法輪筒 
輪宝羯磨蒔絵舎利厨子　 
書跡典籍

華厳宗一乗開心論　巻下　 
華厳孔目章 巻第一、第二、第三、第四　 
華厳伝音義 
義天録 巻第一、第二・第三　2巻　 
金剛頂瑜伽経 巻第一、第二、第三　 
倶舎論中不染無知断位料簡 
古華厳経（黒漆函入）54帖 
釈迦五百大願経 上下　 
新訳華厳経音義 
貞元華厳経 38巻 
貞元華厳経音義 
梵天火羅図 1帖 
明恵上人詠草 
華厳信種義 明恵上人筆 
大唐天竺里程書 明恵上人筆 
入解脱門義 上下 明恵上人筆 
 
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   <title>トランスフォーマー (マーベルコミック版)</title>
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   <published>2009-03-01T02:35:05Z</published>
   <updated>2009-03-01T02:40:40Z</updated>
   
   <summary>アニメーションシリーズと出発点を同じくしながら、独自の路線を開拓した。アニメシリ...</summary>
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      <name>願い星</name>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://gusto.nijtnh.org/">
      <![CDATA[アニメーションシリーズと出発点を同じくしながら、独自の路線を開拓した。アニメシリーズ終了後も継続され、1984年から1991年まで出版され続けた長期シリーズである。

アメリカでは月刊誌として80号まで出版された。イギリスでは週刊誌として出版され、332号まで続いた。なお当初、イギリス版はアメリカ版を分冊する形で発行していたのだが、ストックが足りなくなるのを防ぐため、新規にミニエピソードが作成されるようになった。こうした事情から、それぞれの国ごとに分けて紹介する。

後の1993年には『Generation2』シリーズが12号出版された。

なお海外では国内版とキャラクターなどの名称が異なるが、特に断りの無い限り、日本語版の名称で記述する（OptimusPrime→コンボイなど）。

 G-1期
上記のように、アニメ版とは全く違うストーリーが独自に展開されていった。

アニメ版『戦え!超ロボット生命体トランスフォーマー2010』期のキャラクターについてはあまり登場しない。作中年代で、2000年まで到達することがなかったためである。彼らは時間旅行者として、未来から来た人物として登場した。イギリス版ではそちらの世界観も描かれていったが、アメリカ版では一部にとどまり、特にアニメ「The Big Broadcast of 2006（邦題：2010年の大放送）」の漫画化作品以外では、ウルトラマグナス、スプラング、アーシー、メトロフレックス、クインテッサ星人といったキャラクターの登場はなかった。

アメリカ版
サイバトロンの友人として、アニメ版のスパイクの替わりに、バスター（Buster Witwicky）という人間の少年が登場する。後にバスターの兄という設定でスパイクも登場を果たす。登場したスパイクは、ヘッドマスターとしてフォートレスマキシマスとコンビを組み（彼の頭部パーツとして合体し）、指揮も執った。

終盤はユニクロンが登場、両軍が力を合わせ立ち向かっていく。

本編シリーズの他にクロスオーバー作品や、新キャラクター紹介のためのミニシリーズ、映画『トランスフォーマー ザ・ムービー』の漫画版作品などが出版されている。

 物語
パイロット版 
1～4号。84年12月～85年3月発売。アニメ版の『戦え!超ロボット生命体トランスフォーマー』と同じ導入部である。

超ロボット生命体トランスフォーマーの星セイバートロンでは平和を愛するサイバトロンと、攻撃的なデストロンの戦争が続いていた。サイバトロン総司令官コンボイは戦艦アーク（Ark）に乗り込み、枯渇したエネルギーを探索する。が、デストロン破壊大帝メガトロンらが追撃、アークは地球に不時着し、彼らは機能を停止する。

400万年後、火山活動により彼らは蘇る。デストロンは地球のエネルギーを強奪していく。サイバトロンは地球人の青年、バスター・ウィットキー（アニメ版のスパイクの弟）と友人となり、エネルギーを提供してもらう。だがその父親で技術者のスパークプラグがデストロンに攫われてしまう。

劣勢のサイバトロンだが、スパークプラグはスパイダーマンが助け出し、デストロン軍団は次々不調に陥る。スパークプラグがデストロンのエネルギーを汚染していたのだ。立ち向かった5人のサイバトロンは勝利を収める。

だがその頃、残りのサイバトロンはデストロンのレーザーウェーブによりバラバラに破壊されていた。

シリーズ化 
ミニシリーズの好評に、シリーズが本格開始する。次々に登場するキャラクターを描写するため、30号までにコンボイ、メガトロンは死んで退場。

35号より宇宙船が修理でき、彼らの戦いはセイバートロン星を含めた宇宙へ広がる。

コンボイはハイＱ（Hi-Q）が開発した新たなる体でパワーマスターとして復活。

「Matrix Quest」 
62～66号。イギリス版では262～264、282～297号に再録。65号までは既存の映画や小説のオマージュであり謝辞が付いている。

プライマスが目覚め、ユニクロンにセイバートロン星の場所を知られたことから始まる。コンボイはマトリクスがユニクロンを倒す唯一の武器と推理した。だが彼が以前死んだ際に、破壊されたボディごと行方不明となっていた。サイバトロンたちは探索に出る。

62号「Bird of Prey」 
犯罪者に支配された惑星Pz-zazzに、ヘッドマスターのナイトビート、サイレン、ホースヘッドが降り立つ。瀕死の異星人から古代の鳥のイコンを受け取る。それは惑星を支配するキーだった。ナイトビートはそれを元の場所に戻し、惑星は平和になる。だが、彼らはデストロン指揮官サンダーウイングらに捕まってしまう。 
63号「Kings of the Wild Frontier」 
荒野の惑星Cheyenneにトリガーボットのオーバーライド、ドッグファイト、バックストリートが到着。子供を殺そうとする馬乗りたちを追い払い、家に招待される。農場で安らかに働くうち使命を忘れてしまう。サンダーウイングと遭遇し、ドッグファイトは違和感に気づく。農家は精神吸血鬼（Vrobians）で、馬乗りたちは警官だった。 
64号「Deadly Obession」 
海の惑星Pequodにプリテンダーのロングトゥース、ダブルヘッダー、ピンチャーが到着。ロングトゥースは旅の途中、クジラに似た生物クラッド（Klud）に足を噛み切られ心を病む。クラッドを復讐のため追いかけるロングトゥース。だが現れたデストロンがクラッドを狙う。デストロンを倒し、ロングトゥースはクラッドを助ける。だが、サンダーウイングは一人クラッドに接触、マトリクスの場所を知った。 
65号「Dark Creations」 
研究衛星Vs'Qsにコンボイのボディは流れ着いていた。クラシックプリテンダーは研究者が全て殺されているのに気づく。サンダーウイングの仕業だった。デストロンを追うが、マトリクスは原生生物が持っていってしまう。サンダーウイングは獣を殺し、マトリクスを手に入れる。シャトルを奪い、サイバトロン地球基地アークへ、サンダーウイングはコンボイを攻撃する。 
66号「All Fall Down」 
サンダーウイングとの戦い。コンボイはマトリクス破壊を恐れ躊躇する。囚われていたナイトビートがシャトルからサンダーウイングを撃ち、外に彼らを放り出す。サイバトロンはマトリクス無しでユニクロンに立ち向かうことになる。 
75号では戦争終結のためにコンボイがスコルポノックに降伏。彼らは同盟を結び、宿敵ユニクロンと戦う。スコルポノックは戦死。最後にはコンボイの死によりユニクロンは破壊された。グリムロックはコンボイの遺言による再びに司令官を就任する。サイバトロンとデストロンの和解は破局。デストロンの新リーダー、ブラジオンはデストロンを率いでセイバートロンに出走、惑星クロ (Klo)を侵略する。

デストロンはサイバトロンを率いるグリムロックとラスト・オートボット（The Last Autobot）に再生さられたコンボイに破れる。ついにデストロンを放逐する。

 ミニシリーズ
『G.I.Joe and The Transformers』 
1986年、本編24～26号の時期とリンクする作品。全4号。

デストロンに裏切られた悪の組織コブラチーム、G.I.ジョー、サイバトロンが、地球の核からエネルギーを吸い上げるドリルの阻止に尽力する物語。だがキャラクター設定に齟齬があり、厳密にはパラレル扱いとなるのだが、人気キャラクターのバンブルが、誤解の末G.I.ジョーに破壊され、ゴールドバグとして再生される描写があるので一概には言えない。なおイギリス版ではこの話の収録がかなり後になったため、別個にゴールドバグへの再生エピソードが出版されている。

『The Transformers：The Movie』 
1986年、全3号。『トランスフォーマー ザ・ムービー』の漫画化作品。

映画脚本の初稿を元にして製作されたため、ウルトラマグナスの死に方や、ユニクロンの眷属であるクインテッサ星人など、幾つかの描写や設定が異なっている。

『The Transformers：Headmasters』 
1987年。全4号の新キャラクター紹介シリーズ。ネビュロン星での、ヘッドマスター、ターゲットマスター、ファイアーボット、ホラートロン、テックボット、テラートロンらの誕生、戦いを描く。ムービーキャラも幾人かが登場。彼らは本編38話で合流した。

イギリス版
マーベル・コミックの子会社、マーベルUK（Marvel UK）発行。アメリカ版を分冊化して発行していたが、スケジュールの違いにより、オリジナルのストーリーを製作する必要に迫られ160以上の新しい物語が描かれた。

当初はあくまで、アメリカ版にミニエピソードを挿入する程度のものであったが、『トランスフォーマー ザ・ムービー』の公開後、ここに登場したキャラクターがアメリカ版には登場しないことを受けて、彼らを取り入れた独自の世界観を推し進めていった。

首長ザロン（Emirate Xaaron）、創造主プライマスなどの新たなキャラも設定された。有名なエピソードは「Target:2006」シリーズ。

「Target：2006」 
イギリス版78～88号。Titan BooksとIDW社で復刻された。 
ガルバトロン、スカージ、サイクロナスが2006年から1986年に時空間移動してきた。その影響でコンボイ、プロール、ラチェットがどこかに飛ばされてしまう。メガトロンは、やって来たガルバトロンと戦い、サウンドウェーブと共に地中に封じられた。ガルバトロンはビルドロン軍団に大量破壊兵器の製作を命じる。 
一方セイバートロン星では圧制者ストラクサスに対抗するため、ザロン、インパクター率いるレッカーズが反抗計画を立てていた。だがコンボイとマトリクスの消滅を知り、ウルトラマグナスが地球に向かう。マグナスはサイクロナスの攻撃からハウンドを救うが、ガルバトロンにマイスターを攫われた。ジェットファイヤーの反撃は失敗し、アイアンハイドは最後の策としてメガトロンとサウンドウェーブを掘り起こし復活させる。 
スタースクリームはアイアンハイドの行為を知り、ガルバトロン側に付いた。メガトロンとサイバトロンはスカージを捕獲し、マイスターとの人質交換を申し出る。ガルバトロンはデストロン戦艦ネメシスで新たな武器をテストし、マイスターを洗脳して帰す。その武器を調査しようとするメガトロン達をスタースクリームが襲撃する。 
2006年にて接近してくるユニクロンの影響で、ホットロディマス、チャー、ブラーが新たに現代に現れた。変わりにレーザーウェーブ、サンダークラッカー、フレンジーが消える。ホットロディマス達は未来世界でのガルバトロンの破壊兵器を壊すべく、過去に来たという。ウルトラマグナスはなんとか兵器を破壊する。 
ガルバトロンは怒り、ミスをしたスカイワープを破壊しようとするが、間違ってスタースクリームを殺してしまう。スタースクリームがいなければガルバトロンは生まれないので、パラドックスが起こってしまう。結果、この時代が、自分の時代に直結しないことを知ったガルバトロンは未来へ帰る。 
ユニクロンの深層意識はサイバトロンたちに地球にシティを製作させるヒントを与える。ロディマスらは帰り、コンボイたちも帰還した。 
セイバートロンではメガトロンの退却指令によって、ザロン達の計画が混乱、インパクターが殺害された。 
メインライターのサイモン・ファーマンがより壮大なストーリーを展開させた。この一種の神話化が後のシリーズに大きな影響を及ぼすこととなる。彼はこの業績を認められ、後に本家アメリカ版のメインライターとして抜擢された。

脚本家
アメリカ版はほぼ二人の脚本家により製作された。

ボブ・バディアンスキー（Bob Budiansky） 
最初の4号を手がけた編集者。キャラクター設定、背景などを製作。シリーズ化後は脚本家として参加。55号までの殆どを担当した。彼の担当でないものは16号「Plight of the Bumblebee」、43号「The big broadcast of 2006（アニメ版の漫画化）」、2話連続の「Man of Iron（イギリス版の輸入）」のみである。

47～50号までのシリーズ「Underbase saga」では、戦艦アンダーベース（Underbase）の力を吸収したスタースクリームが多くのトランスフォーマーを破壊する。彼曰く、ハスブロから新キャラ紹介を急ぐよう命じられたためのエピソードで、これにより嫌気がさし、残り5号をなんとかこなして降板したとのことである。

「Warrior's Scholl」：ダイノボットの登場、技術者ラチェットと破壊大帝メガトロンの戦いを描いたもの。 
「PrimeTime!」：コンボイがレーザーウェーブの監禁から脱出する 
「SmeltingPool」「TheBridgeToNowhere」：セイバートロンでの内戦時代、ストラクス（Straxus）に率いられたデストロンとの戦い。ボブのお気に入りキャラクター、ブロードキャストの登場。彼はアニメともイギリス版とも異なる性格となった。 
「Afterdeath」「Gone but not forgotten」：コンボイ、メガトロンの死。 
「King of the Hill」：グリムロックがコンボイ亡き後のサイバトロンを指揮する。ブロードキャストとゴールドバグが専制的なグリムロックに逆らいサイバトロンを離脱。 
「Totaled」：グリムロック、ブロードキャストの決闘で離脱問題にけりがつく。 
「People Power」：コンボイ、パワーマスターとして復活。 
サイモン・ファーマン（Simon Furman） 
イギリス版のメインライターであり、アメリカ版56号からも担当した脚本家。イギリス版で既に独自の世界観を構築していた。キャラクターなども含めそれらはアメリカ版に取り入れられていく。

「BackFromTheDead」：サイバトロン、デストロンに復讐を誓うメガトロンが復活、ラチェットを攫い協力させる。 
「Primal Scream!」：US版の読者にトランスフォーマーの起源の再設定、そしてプライマスを紹介。 
「Matrix Quest」：コンボイが死んだとき、ボディと共に失われたマトリクスを探すため多数のサイバトロンチームが出発。 
67～75号：再びユニクロンが登場。最後の対決。 
75号で打ち切られたためサイモンは残りのストーリを書けなかった。インタビューで、予定ではネオ・ナイツ（the Neo-Knights）やデーモン（demons）といった、セイバートロンの地下に住む者たちを取り上げるつもりだったという。

 G-2期
アメリカ版全12号。1993年にマーベル・コミックより発売された。プロローグ編として『G.I.Joe』138～142号にて、メガトロンが新たなボディを手に入れる経緯が描かれた後、この本編へと繋がる。

脚本家サイモン・ファーマンにより、全宇宙を飲み込む脅威との戦いが描かれたが、早々に打ち切られる結果となっている。

イギリスでは翌年にフリートウェイコミックより出版。最初の2号は新作として、ヨーロッパのみで販売されていた玩具や、上記のメガトロン新ボディなどが登場する。だが、本編については、アメリカ版4、5号のみの再録に終わり、結果全5号で打ち切りとなった。こちらの新作もサイモン・ファーマンの脚本による。

物語
地球にて、G.I.ジョーの宿敵、コブラコマンダーによって、メガトロンは新たな戦車型ボディを手に入れ復活する。サイバトロン艦アークを手に入れ宇宙を目指すメガトロンだったが、G.I.ジョーの追撃、フォートレスマキシマスの犠牲によって阻止される。

サイバトロンとデストロンの戦いの終結から数ヵ月後のセイバートロン星には、新たな脅威が迫っていた。セイバートロニアン帝国を名乗る彼らは、はるか昔、外宇宙に脱出したデストロンの末裔であった。コンボイは、マトリクスの導きで過去の世界を幻視した。そしてトランスフォーマーがかつて自己増殖の能力を持っていたことを知る。 G-2トランスフォーマーは、その能力を取り戻し、勢力を伸ばしていたのである。新たに進化したG-2トランスフォーマー生命体であることを主張する彼らのリーダー、ジアクサス（Jiaxus）はトランスフォーマーたちに停戦を申し出る。だが、その目的が全宇宙の征服にあることを知り、コンボイは拒絶。

地球にいるデストロンの指揮官ブラジオンを倒し、指揮権を取り戻したメガトロンにコンボイは同盟を促す。メガトロンは拒否、コンボイを打ち倒し、生命を生み出すマトリクスを奪い、自己の軍勢を増やしていく。だがメガトロンもジアクサスに破れ、コンボイのもとに来た。スタースクリームはマトリクスを狙ってジアクサス側に付く。

その頃、G-2たちの惑星を食い尽くした、黒い霧のような生命体スウォーム（Swarm）が到来。喰ったものの記憶を吸収するスウォームは、G-2デストロンの地球進行命令を記憶し、地球圏へ向かう。マトリクスを手に入れたスタースクリームはブラジオンの戦艦ウォーワールドと一体化してパワーアップを果たすもそのエネルギーに浄化され始め、恐れをなしてコンボイに返却、元の姿に戻る。
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狂気に駆られたジアクサスはコンボイを倒すが、スウォームに食い尽くされた。コンボイはスウォームに対抗出来るのはマトリクスだけだと知り、あえて自分をスウォームに吸収させる。マトリクスの中にいたプライマスの生命力に触れたスウォームは創造力を持った生命体になった、コンボイを新たなボディで再生し、他の宇宙へと消えていった。

戦争は終わったが、セイバートロニアン帝国の皇帝リージ・マキシモ（LiegeMaximo）が様子を窺っていた…。

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   <title>側用人（そばようにん）</title>
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   <published>2009-02-10T07:01:17Z</published>
   <updated>2009-02-10T07:03:59Z</updated>
   
   <summary>側用人（そばようにん）は、江戸時代幕府および諸藩に置かれた職名のひとつ。 側用人...</summary>
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      <name>願い星</name>
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      <![CDATA[側用人（そばようにん）は、江戸時代幕府および諸藩に置かれた職名のひとつ。

側用人（そばようにん）は、諸藩に置かれた役職名。正式名称は、御側御用人。厳密には、全国の諸藩に統一的に見られた役職ではない。御側と呼称されることもあった。
<a href="http://cpczj.982fr4.com/">プロリン</a> <a href="http://www.ye9z2f.info/">テルロー</a> <a href="http://hzas.nwybm9.biz/">アンモラル</a> <a href="http://afher.2rb926.com/">スピーカー</a> <a href="http://zeab.3mpc3b.com/">スポー</a> <a href="http://ghbss.g9e2wa.net/">ピレア</a> <a href="http://www.972fke.com/">シュプレ</a> <a href="http://zjbwr.tpm7kf.info/">かきいろ</a> <a href="http://kufh.rkia87.net/">セル</a> <a href="http://wmasc.x4pp6r.com/">シニシズム</a> <a href="http://fwwsn.etzs22.com/">ライン</a> <a href="http://njxba.hz6fuu.net/">マードル</a> <a href="http://wpcfj.uragbb.com/">モニター</a> <a href="http://aycga.73nmw4.net/">バイプロ</a> <a href="http://nwgnh.ute7fu.info/">アテネ</a> <a href="http://nzezc.z7yifx.com/">まさば</a> <a href="http://yajuw.jdgxdc.net/">シッピン</a> <a href="http://www.pjimxn.info/">チェリモ</a> <a href="http://zfzwx.e5fc3w.net/">マウシッ</a> <a href="http://xygex.nzrk7t.net/">ヒース</a> <a href="http://axpyg.r64izd.biz/">シャガ</a> <a href="http://www.exyu7i.info/">甘い予感</a> <a href="http://hwfcg.g9e2wa.net/">ムギワ</a> <a href="http://ahyyi.nmys4p.com/">国内トド</a> <a href="http://zxtm.zdbmr5.biz/">ハッタン</a> <a href="http://dnbxc.84rfp8.com/">しわひめ</a> <a href="http://bjhkz.42fwa5.org/">フォント</a> <a href="http://mywia.j4wpgj.org/">マシーン</a> <a href="http://fjrrh.yrusc6.com/">あさにじ</a> <a href="http://www.fpu99r.com/">マキャ</a> <a href="http://ainsg.k9jgw2.net/">オポッ</a> <a href="http://mzje.d4y88s.net/">テラス</a> <a href="http://gurr.gek55r.com/">パクチ</a> <a href="http://fhbia.jee5gs.net/">ライオン</a> <a href="http://rsgcw.sifyb8.info/">マトンポ</a> <a href="http://etdi.bsr7ii.biz/">ギャロップ</a> <a href="http://fddxj.5y6iy9.com/">ワンマ</a> <a href="http://www.fgjbtw.net/">ローカ</a> <a href="http://www.7mhjf6.info/">ハイグレー</a> <a href="http://swias.n9hk2g.net/">カードサ</a> <a href="http://www.nbwpze.biz/">コロロ</a> <a href="http://hewwh.d8tib7.net/">ストッパ</a> <a href="http://wjnhs.xpe7xd.com/">スラッジ</a> <a href="http://pupct.gk2hxn.com/">トランク</a> <a href="http://rjyhe.4f4yx5.net/">セコハン</a> <a href="http://wmdub.pk3jum.net/">シロダモ</a> <a href="http://xyydh.3a8n8d.net/">ミップス</a> <a href="http://fcry.47e7e3.com/">ケチャ</a> <a href="http://pjdre.ihahwk.org/">ヒサカキ</a> <a href="http://cpkix.5y6iy9.com/">レビトラ</a> 

藩主にも、公私の別があり、藩主家の家政を総覧したのが、側用人である。藩主または、藩主の嫡子の秘書的役割をすることもあった。

江戸幕府では、老中より側用人のほうが権勢をふるったこともあったが、諸藩にあっては、家老より側用人のほうが権勢をふるったという例はまずない。だが、その職責の性格から、家柄が特別に高くなくても、藩主からの信頼が厚い有能な側近が任じられるケースが多く、重責であった。

藩によっては、側用人が、御側御用取次と云う肩書きを併せ持っていることもあるが、この場合は、幕府の側用人とほぼ同義となる。

側用人は、家柄が特別に高くない者から抜擢されることがあると云っても、少なくとも諸藩の給人（上級藩士の下位）または、奏者（取次）以上の上級家臣の出自から選ばれるのが一般的である。

側用人は、用人より、格下の役職であることが多いが、薩摩藩のように格上とされている藩もある。公用人、番頭と比較した場合は、藩によってまちまちである。

このように側用人が上級家臣の役職の一つであることは疑いないが、藩によってその地位・実権はさまざまであって、一義的に論じられない。

また重臣の嫡子を教育上の観点から、家督相続をする前の部屋住み身分時代に、小姓や側用人として、出仕させる例は全国諸藩にあった。

江戸幕府の側用人
側用人（そばようにん）は、江戸幕府の役職名。征夷大将軍の側近であり、将軍の命を老中らに伝える役目を担った。役料は、1万石。

5代将軍綱吉時代の柳沢吉保、6代将軍家宣・7代将軍家継時代の間部詮房、9代将軍家重時代の大岡忠光、10代将軍家治時代の田沼意次、11代将軍家斉時代の水野忠成などが有名。

江戸時代初期には、近習出頭役と云われ、5000石級の旗本で、将軍の側衆として枢機に預かる者の中から選任され、特に重要事項の伝奏を行っていた。

五代将軍となった綱吉が館林藩主当時の家老であった牧野成貞を、初めて側用人という職名で、従来の近習出頭役の役職を引き継がせ、譜代大名に取り立て、幕府内で重用をして、独裁政治の足がかりとした。

特に1684年、大老・堀田正俊が江戸城内にて若年寄で従兄・稲葉正休に斬殺された事件を契機に、将軍の身を案ずるという名目で、老中の御用部屋が将軍の居所から遠ざけられたため、両者を仲介し、将軍の命令を老中に伝える側用人の権威が急上昇した。このように老中よりも側用人が権勢を握る政治を側用人政治と呼ぶ。

将軍が側用人を通じて独裁政治を行ったことから、将軍が譜代の老中を抑える手段として用いられるようになった。

牧野成貞引退後は、やはり館林時代からの側近であった柳沢吉保を側用人に任じ、牧野を上回る重用をしたほか、この頃になると綱吉が政治に熱意を失いだして、柳沢の意向が将軍の意向として伝えられることもあった。また老中から将軍に、側用人が取り次ぐ案件の中で、側用人に異論があれば、取り次ぎ拒否が、慣習として認められるようになった。柳沢は正式に老中に就任することは無かったが、老中上座、大老格の名を与えられ、名実共に幕臣最高の位置を占めた。次代の間部詮房にはこうした肩書きは無かったものの、実質としては老中を上回る権限を有していた。少し下がって田沼意次が、初めて側用人から（老中格を経て）老中に正式就任する。

「万事、神君様（家康）の掟之通り」を標榜した8代将軍吉宗は、幕府創業期にはなかったこの制度を廃止して、譜代大名の信任を得た。もっとも、将軍と老中との間を取り次ぐ、御側御用取次役が存在し、紀伊藩から吉宗に随従して幕臣（旗本）となった加納久通、有馬氏倫という腹心2名を任命。彼らを通じた政治運営を継続した。ただし、彼らを任命後すぐに大名にはせず、老中と対等の政治的発言や取り次ぎ拒否については容認しなかったと云われる。

このように、綱吉の代以降は、側用人（または御用取次）を通じた政治運営が行われ、将軍専制政治という政治の仕組みが形成された。

言語障害があったといわれる9代将軍家重が就任すると、彼の発する言葉がわかる側近が限られていたため、そのうちの一人である大岡忠光が登用され、側用人制度が復活した。ただし、家重や家治は幕府政治に積極的に関わらなかったため、大岡や田沼意次といった側用人たちが強い権勢を振るうこととなった。

なお、時代劇においては柳沢吉保や間部詮房などの側用人は悪役である場合が多い。当然ながら史実と異なる部分も少なくない。

側用人就任者
牧野成貞（1681年 - 1695年） 
松平忠周（1685年 - 1689年） 
喜多見重政（1685年 - 1689年） 
太田資直（1686年） 
牧野忠貴（1688年） 
南部直政（1688年 - 1689年） 
柳沢保明（1688年 - 1709年） 
金森頼時（1689年 - 1690年） 
相馬昌胤（1689年） 
畠山基玄（1689年 - 1691年） 
酒井忠真（1693年） 
松平輝貞（1694年 - 1709年、1717年 - 1730年） 
松平信庸（1696年 - 1697年） 
戸田忠時（1704年 - 1706年） 
松平忠周（1705年 - 1709年） 
間部詮房（1709年 - 1716年） 
本多忠良（1710年 - 1716年） 
石川総茂（1725年 - 1733年） 
大岡忠光（1756年 - 1760年） 
板倉勝清（1760年 - 1767年） 
田沼意次（1767年 - 1772年） 
水野忠友（1777年 - 1785年） 
松平信明（1788年） 
本多忠籌（1788年 - 1790年） 
戸田氏教（1790年） 
水野忠成（1812年 - 1818年） 
田沼意正（1825年 - 1834年） 
堀親寚（1841年 - 1845年） 
水野忠寛（1859年 - 1862年） 
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   <title>ΖΖガンダム</title>
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   <published>2009-01-24T05:32:22Z</published>
   <updated>2009-01-24T05:34:48Z</updated>
   
   <summary> まっち棒 きたみ ショートス バルト デンバー トスタチン チップ はじめて ...</summary>
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ΖΖガンダム（ダブルゼータガンダム、ΖΖ-GUNDAM: DOUBLE ZETA GUNDAM ）は、テレビアニメ『機動戦士ガンダムΖΖ』に登場する、エゥーゴの汎用攻撃型可変試作重モビルスーツ (MS) である。（型式番号：MSZ-010）

宇宙世紀0080年代後半に、MS開発は激動期を迎えた。ムーバブルフレーム構造を採用した第2世代から、変形機構を備えた第3世代、さらにニュータイプ (NT) 対応機能を備えた第4世代といった、MS数世代分の進化がこの時期に集中している。一年戦争以降進められてきた、公国系と連邦系の技術融合の恩恵もあってMSの単機あたりの性能は大きく向上した。

機能向上に伴う付加機能の方が脚光を浴び、多様な機能が要求されると共にMSは徐々に巨大化を余儀なくされる。この時点でMSは進化の袋小路に入り込み、恐竜的進化を遂げつつあった。

この時期、アナハイム・エレクトロニクスが進めていたΖ計画において、圧倒的な戦闘能力を秘めた一機のガンダム・タイプのMSが完成する。それがMSZ-010 ΖΖガンダムである。

開発経緯
Ζ計画発足当初、アナハイム社内における次世代フラグシップ機の素案として、二つの可変式MS（TMS）の構想が存在していたと言われる。一つは、エゥーゴが計画していたジャブロー攻略を主眼においた、宇宙空間から地上までの連続運用を可能とする大気圏突入能力を有する機体案。そしてもう一つは、多数のジェネレーター直結式メガ粒子砲を搭載した高火力型の機体案である。しかし、これらの開発に際して様々な困難が発生した。特に後者は性能の要求水準が高かっただけに、計画が一時棚上げされた。

それと前後し、連邦軍の開発によるガンダムMk-IIがアナハイム社内に持ち込まれた。第2世代に達していない機体だったが、アナハイムの技術陣はその柔軟なムーバブルフレーム構造に着目し、独自に開発を進めていたブロック・ビルド・アップの概念を融合させることで、変形機構そのものは実現可能であると判断した。そして、大気圏突入能力を有するTMS、MSZ-006 Ζガンダムが完成し、グリプス戦役中期に試作機が実戦投入された。だが、その時点では既にMSは第4世代に繋がる重装甲・重火力機への転換期に差し掛かっており、Ζガンダムの性能的な優位性は長続きしなかった。そこで凍結中であった高火力機の構想を発展させ、さらなる長期的展望のもとに新型TMSの開発が開始される。

開発過程の初期においては、複数の開発チームによる設計案が検討されていた。そのうちの一つとして、Ζガンダムの変形機構をさらに推し進め、分離・合体という要素を加味した新機軸の機体であるMSZ-009の設計プランが提出され、正式な開発認可を与えられた。MSZ-009はΖガンダムを超えるスペックを達成していたが、エゥーゴの要求する性能水準を満たすことは出来なかった。

このため、さらに開発コードを刷新した新規設計の機体が検討され、MSZ-010 θガンダム及びMSA-0011 ιガンダムの設計プランが新たに提出される。両機は並行して開発が進められ、最終的にθガンダムがエゥーゴのフラグシップ機として採用される。このθガンダムが、後にMSZ-010 ΖΖガンダムとして、第一次ネオ・ジオン抗争時に名を馳せるTMSである。

θガンダムは、RX-78 ガンダムの再現のみならず、Gアーマーを加えた運用システムを単体で再現しようとしたものであり、A、Bパーツそれぞれに変形機構を導入することで別個の戦闘メカニズムとしての運用を可能としている。

MSZ-009は単純にA、Bパーツの分離・合体方式であったが、θガンダムにはさらにコア・ブロック・システムが導入される。理由の一つとしては、全天周囲モニターを兼ねた脱出ポッドの回収率が当初の見積もりよりも低かったことが挙げられる。これは人的資源に乏しいエゥーゴにとっては大問題であり、コア・ファイターによる高い生還率は一年戦争時から定評があった。

もう一つの理由は、火力の充実である。戦艦をも凌駕する重火力MSに対抗するために、エゥーゴ首脳陣はアナハイムに50MWクラスの大出力ビーム兵器の搭載を要求した。また、機動性維持の観点及びエゥーゴの艦艇規格に適合させるため、全高を20m以内に収める要求も提出された。アナハイムの技術陣は小型・高出力のジェネレーターを開発したが、要求水準を達する為には3基分の出力を必要とした。2基で搭載するにはMSの全高が25m以上必要だったため、A、B、コア・ブロックの3分割方式とされた。

θガンダムの開発に際しては、様々な技術的難関が山積していたと言われるが、Ζガンダム及びその派生機群の開発で培われた多くのノウハウが投入され、最終的に当時最高水準の性能を有するMSとして完成する。そして、宇宙世紀0088年3月のロールアウト時において「Ζガンダムを超えるガンダム」との意味合いを込め、ΖΖガンダムの機体名称を与えられた。そして実戦投入後も頭部ハイメガ・キャノンを中心に改修が長期に渡って継続されており、一層の性能向上が図られている。

ΖΖガンダムは第3・第4世代MS双方の機能を有する先鋭的な機体であった。エゥーゴの最高位機種として誕生したΖΖガンダムは、モビルアーマー並のメガ粒子砲を多数搭載し、戦艦級の火力を備えると共にサイコミュを搭載し、NT対応MSとなっている。

機体解説
機体諸元 ΖΖガンダム 
型式番号 MSZ-010 
所属 エゥーゴ 
建造 アナハイム・エレクトロニクス社 
生産形態 試作機 
全高 22.11m 
頭頂高 19.86m 
本体重量 32.7t 
全備重量 68.4t 
ジェネレーター出力 7,340kW 
スラスター推力 21,700 kg×2
14,400 kg×4
（総推力）101,000kg 
推力重量比 1.48 
姿勢制御バーニア数 32 
センサー有効半径 16,200m 
装甲材質 ガンダリウムγ 
武装 ダブルバルカン
ハイメガキャノン
ハイパービームサーベル×2
ダブルキャノン
21連装ミサイルランチャー×2
ウイング・シールド×2
2連装メガビームライフル 
搭乗者 （メインパイロット）
ジュドー・アーシタ
（MS形態）
ビーチャ・オーレグ
エルピー・プル
ルー・ルカ 
Gフォートレス 
全長 30.13m 
全幅 18.52m 
スラスター推力 16,300kg×2
21,700kg×2
14,400kg×4
17,300kg×2
（総推力）168,200kg[1] 
推力重量比 2.45 
武装 ダブルキャノン
21連装ミサイルランチャー×2
ダブルビームライフル 
コア・ファイター 
型式番号 FXA-07GB 
全長 11.62m 
全幅 15.89m 
全備重量 11.6t 
スラスター推力 5,240kg×4
（総推力）20,960kg 
推力重量比 1.81 
センサー有効半径 15,480m 
武装 機銃
2連装ミサイルランチャー×2 
コア・トップ 
全長 19.91m 
全幅 18.52m 
本体全備重量 19.3t 
完備重量 30.9t（コア・ファイター含む） 
スラスター推力 16,300kg×2
5,240kg×4（コア・ファイター）
（総推力）53,560kg 
推力重量比 1.73（コア・ファイター含む） 
武装 2連装メガビームライフル 
コア・ベース 
本体全長 12.86m 
完備全長 22.06m（コア・ファイター含む） 
全幅 15.93m 
本体全備重量 37.5t 
完備重量 49.1t（コア・ファイター含む） 
スラスター推力 21,700kg×2
14,400kg×4
17,300kg×2
（総推力）135,600kg[2] 
推力重量比 2.76 
武装 機銃（コア・ファイター）
2連装ミサイルランチャー×2（コア・ファイター）
ダブルキャノン
21連装ミサイルランチャー×2 
ΖΖガンダムはΖ計画の末端に位置しているが、開発コンセプトとしてはRX-78ガンダムの発展系と形容した方が正しい機体である。全領域での運用能力、機動力の強化は勿論のこと、一方で重装甲・大火力志向の強い機体でもあり、これらの要素を同時に成立させている。

機体各部には、新開発の熱核ジェット / ロケット・ジェネレーターが複数搭載されている。このジェネレーターは機体の主動力源としての役割に加え、熱核ジェット / ロケット・エンジンとしての共用機構を備えており、大気圏内外において高性能のスラスターとして機能する。従来のものよりも小型化されているが、単基でもMS一機を十分に稼動可能であり、機体全体ではΖガンダムの3倍強に達する出力となる。この破格の出力が複数の高機能デバイスの搭載を可能とし、本機に全高20m級というサイズを越えた性能を付与している。

機体各部に並列配置されるジェネレーターの中でも、バックパックに搭載されるものは特に出力が高く、通常のMSのレベルを凌駕する出力を有する。バックパック・モジュールは本機において最も大きな内部容積を有する部位であり、搭載される熱核エンジンは本来であれば航宙艦艇に積載されるクラスのもので、単基でその艦艇の全電力を賄えるとされている。MS形態時には加速用のメインバーニアユニットとして機能し、大型の航宙艦艇並みの推進力を機体にもたらす。さらにMA形態では腕部及び脚部のジェネレーターに直結したノズルが全て展開され、推力・航続距離ともに高速巡洋艦並みの能力となる。

MA形態からMS形態へと移行する際、腕部・脚部の大口径ノズルは機体内部に格納され、MS形態時におけるスペック・ノート上の比推力はΖガンダムよりも抑えられる形となる。しかし、実際には余剰出力が全身に分散配置された姿勢制御用スラスターへと供給されており、推力を多方向に分散させているに過ぎない。つまり、MSの格闘戦には複雑かつ応答の速い機体機動が必要となるため、推力ベクトルを分散させた方が効率が良いのである。姿勢制御用スラスターはΖガンダムの4倍に相当する32基を搭載しており、MSとしての総合的な機動性能を向上させている。1Gの重力下はもとより、木星宙域の様な高重力圏においても運用が可能であり、優れた空間戦闘能力を発揮する。

その他の機動ユニットとしては、腕部のフレキシブル・ウイングバインダーや大型のショルダースラスター・バインダー等を搭載しており、機体の姿勢変換、運動性能を向上させる。本機のパイロットを務めたジュドー・アーシタは巧みな機体操作によって無数のファンネルによる弾幕を突破する機動を機体に行わせている。

変形・合体機構を有する都合上、ムーバブルフレームは構造的に複雑にならざるをえなかったが、本機のそれは「MS+航空 / 航宙機+大出力火器」という複数の要素を満たすべく、様々な試行錯誤が結実している。Ζガンダムのムーバブルフレームは既存の構造と比較にならない程高い強度を備えていた。本機はコア・ブロックを導入した点を除けばΖ系MSとほぼ同等の変形機構を有しており、複雑な変形をほぼ瞬間的に行うことが出来る。また、構造材であるガンダリウムは、試作段階の機体であるFAZZのものよりも品質が向上し、ムーバブル・フレームの信頼性を高めている。重層的な構造を持つ可動モジュールと装甲は、マグネット・コーティングを標準で施された各部のヒンジやスライドレールによって分離しつつ堅固に結びつき、本来矛盾する機能である“柔軟さ”と“堅牢さ”を同時に実現する。

本機の四肢は熟成されたムーバブル・フレーム技術の粋が集約された複合的なモジュールであり、巨大なベクタード・ノズルとして、さらにAMBACユニットとしても十全に機能する。腕部は携行火器としてはやや大型の部類である2連装メガビームライフルを容易に取り回すことが可能であり、マニピュレーターは、上昇しようとするMS用エレベーターを強引に牽引するトルク性能がある。また、脚部は走行・跳躍といった人型機動兵器としての基本的な機能を備えた上で多数のスラスターを搭載し、歩行/機動ユニットとして高い完成度を有している。

機体構造は高度にユニット化が進められており、改修や換装への対応に万全を期している。各部のユニットは複雑且つ繊細な設計であったが、機体全体としては極めてシステマティックな構造を有していた。メンテナンスの所要時間は、機体全体のオーバーホールと並行した場合でも数時間程度であったとされている。また、通常の機体であれば数日間を要する規模の改装であっても、本機の場合は基本的に各部のブロックを換装するのみで仕様変更が可能である。

装甲はガンダリウムγを使用した多重空間構造であり、耐弾性に優れ、いずれの形態においてもMA級に匹敵する機体強度を備えている。耐水圧性能も高く、至近距離でのMSの爆発にも耐えられるという。メガ粒子ビームの直撃を完全に防御することは不可能だが、バインダーはシールド並みの強度があり、万一の場合はこれを用いてコクピットへの被弾を防ぐ。後にフッ素樹脂による耐ビームコーティングが施され、低出力のビームであれば数秒間程度の直撃に耐えることも可能とされた。しかし、コーティング層はビームの熱エネルギーによって気化するため、あくまで緊急避難的措置としての意味合いが強い。

本機は便宜的には重MSに分類されているが、構造材の軽量化等の効果もあり、実際の乾重量はΖガンダムの4t増し程度である。パワーウェイトレシオは余裕を持って設定され、武装追加も可能だった。追加兵装とのマッチング等もあらかじめ視野に入れた設計が為されており、フルアーマーシステムの装着時にも機体バランスを崩すことはない。FAZZが運用したハイパーメガカノンの様な大型兵装も問題なく運用可能である。

本機は、本来はNT能力を有するパイロットへと供与される予定であったため、機体管制システムにはNT対応のインターフェースとして、サイコミュシステムの一種が搭載されている。このデバイスはΖガンダムに搭載されたバイオセンサーと呼ばれる簡易サイコミュの発展型とされている。本機のシステムは双方向通信機能を有する武装としてのサイコミュとは異なり、純粋に機体のコントロール・システムの補佐を行うデバイスとして機体管制に導入されている。通常のサイコミュは主にコクピット周辺に搭載されるが、本機のそれはコア・ブロックのメインプロセッサーを中心として機体各部に端末が分散配置されており、機体の追従性を向上させている。また、コア・ブロックの換装によって容易に脳波パターンの登録変更が可能であり、パイロットへの親和性が向上している。但し、非NTパイロットの搭乗を考慮してリミッターが設けられているため、サイコミュは封印された状態であったとされている。

本機は戦闘用MSに求められたあらゆる要素を高いレベルで実現させたが、それらはまた、危ういバランス上に成立したものでもあった。

非常に高性能な機体である反面、操縦難度はΖガンダム以上に高く、一般兵では操縦が困難だった。また、多機能性を追求した結果、操縦システム自体も複雑化している。分離・変形システムは空中換装も可能にしたが、交戦中の合体には各機パイロットによる高度な連携・状況判断が必要とされた。機体内部にはハイメガキャノンやサイコミュデバイス等の複雑な機構を有する部位が多数存在し、メンテナンス・スタッフにも高度な技術が必要とされた。

これらの要因から、本機は制式機として普及させることが極めて困難であった。本機はその機体能力のみが突出した、いわば恐竜的な機体であり、性能向上に伴うパイロットへの負荷の増大はほぼ考慮されておらず、前線への配備を前提とした兵器としては大きな問題を残していたのである。エゥーゴの旗機として多大な戦果を挙げたものの、それはパイロットの資質に依存した結果論でもある。

宇宙世紀0090年代以降、MSはその技術的限界からシンプルな設計が主流となっていく。RX-93νガンダム等の機体では、本機の様な突出した戦闘能力よりも整備性やコストパフォーマンスを重視した仕様となっている。こうした機体と比較し、後年本機の設計思想を揶揄する声も少なくはなかった。

しかし、本機が開発された宇宙世紀0080年代末期はMSの万能化 / 高性能化が積極的に推し進められた時期であり、また各勢力陣営は人的資源の問題から少数精鋭体制を採らざるを得なかった。それらの要因を考慮すれば、本機の単一戦闘能力に偏向した機体コンセプトは、当時の戦略環境から導き出された要求の当然の帰結であったとも言える。

実戦投入された本機は1Gの重力下は勿論のこと、砂漠や水中、果ては木星圏の高重力下といったMSにとって過酷な環境下においても十全に稼動したとされており、その性能を遺憾なく発揮した。大電力を消費する高出力デバイスを多数搭載しており、熱核反応炉の発熱量も通常の機体より大きかったものの、当時のMSはいずれの勢力の機体も同傾向にあったこと、そして搭乗者であるジュドーの操縦技術もあり、機体稼動に支障をきたすことはなかったとされる。実際、敵地潜入等の長時間任務にも幾度となく投入され、作戦を遂行しており、機体の活動可能時間は相対的には十分なものが確保されていたのである[3]。本機は一説には設計時のスペックを超える性能を発揮したとも言われており、搭乗者の資質とも相まって第一次ネオ・ジオン抗争をエゥーゴの勝利に導いている。



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